Ghost Apple 23

「なぁ、雄介ってさ。」
「英介です。」
「英介ってさ。ホントに俺と会ったことなかった?」
 唐突に出て来たものは沈黙に耐えられなかったわけではなく、純粋な疑問によるものだった。5年間と言えば、当時の京太郎にとってはとんでもなく長い時間に分類されるものだった。その内に顔も知らない人間が出て来るとは思えなかったのだ。一年の内に起こるイベントは両手の指で事足りる回数かもしれなかったが、小学五年生ともなれば重なっていっている数はそこそこのものだ。京太郎のことを一方的に知っている風ではあったのならば、京太郎も少しくらいは雄介のことを知っていると思っていたのだ。
 しかし雄介はやはり、首を横に振った。
「ずっと病院でしたし、来ても遠くで見ているだけでしたし。」
「それって逆に目立つんじゃねえの。」
「存在感ないですからねぇ。」
 遠くを見て話す雄介の目は、どこか寂しさを含んでいる。どこかで見たことあるようなその顔から、目が離せないでいた。
「それに、ホントに何回かなんです。片手で足りるか、足りないか、そのくらい。芋ほりだって特別運動会だって隅で見てるだけでした。」
「………ふーん。」
 またもすとんと沈黙が落とされる。京太郎も人付き合いが得意なわけではないし、雄介もまるで沈黙が好きなような受け答えばかりだし、と次々と来る沈黙の嵐に少しばかり、京太郎は眉を寄せた。
「…でも、俺のことは覚えてたよな?」
 それからまた、疑問を投げかける。どうしてこうも雄介に質問を投げたがるのか、京太郎にもわからなかった。
「………ふふ。」
 自然と口にした疑問に帰ってきたのは、雄介の柔らかい笑みだった。突然のことに、というよりも、ずっと楽しそうでなかった雄介の顔が晴れたことに、目を丸くしてしまう。
「何。」
 隠すように雄介から顔をそらして、どこか冷たい声を上げる。京太郎の冷たい声は心の開いた人間にしか出さない。初めて話す雄介にそんなことわかるわけないのに、つい出た声は充分不安になってしまう代物だった。
「隣に京太郎くんがいるんだなぁって。そう思ったんです。」
「…なんだよ。」
 それでも、雄介の顔は緩んだ笑顔のまま。そのことに不安を安心に摩り替えて、雄介の返事を待つ。
「僕、学校に行っても隅の席で必死にみんなについていこうとするだけで。」
「うん。」
「学校の行事だって、体調が良い日と重なったらたまに行くだけで。」
「…うん。」
 それは、とても悲しいことだっただろうな。みんなが楽しんでいる間にベッドに縛り付けられて、どうして自分だけ、と考えない子供の数は、多いと言えるだろうか。
 そこで感じたのは、少しのシンパシー。そういえば、友達が遊んでいる間、自分は何か家の事を強要されていた気がする。忙しい両親にとって、家の掃除や少しの家事は自分がやらなければならないことだった。わかってはいても、どこかでひねくれそうになっていた、気がする。
「そんな少ない行事の中で、京太郎くんのことは覚えてたんです。…まあ、名前は、知らなかったんですけどね。」
 ずり落ちる荷物をしっかりと掴む。緩んだ笑顔を少し困ったような笑顔に変えて、手を口元にあてる。その仕草はまるで小さな女の子のようで、男の癖に、と頭の片隅で思いながら、大きく膨れているリュックサックに顎を乗せた。少し楽になるかと思ったが、そうでもない。
「話したかったわけでもないし、まして仲良くなろうなんて思ってなくて。だから、こうやって隣にいるのが、不思議だなあって。」
 楽しそうに笑う雄介に対して、悪い気なんて一切起こってこない。それでも自分の質問に答えてもらっていない京太郎は、少し不満げにもう一度質問してみた。
「それで、結局なんで俺の事覚えてたんだよ。」
 そんな京太郎のぶっきらぼうな物言いで、雄介はハッとする。それから今度は雄介が京太郎から顔を逸らして、小さく、京太郎に聞こえるか否かの音量で。



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