Ghost Apple 22

 バスの道中は酔った人間が出てくるか出てこないか。それ以外では特に楽しいこともなく、辛うじて人と話す程度のことしかない。しかし京太郎の隣にいるのは初対面も同然の雄介のみ。細っこい体で必死に荷物を抱える彼に、面白そうな話題を引っ張るのは難易度が高い気がした。
「…雄介ってさ。」
「英介です。」
「今の英介ってさ。」
 それでも口を開いた京太郎に、雄介は無表情に返事をする。
「なんで敬語なの?」
 首をかしげて雄介に聞いてみれば、少しびっくりしたような顔をされる。みんな思うことだろうに。びっくりしたような顔から即座に寂しそうな顔をして、答えてくれた。
「…普通の言葉、忘れちゃったんですよ。」
「うそこけ。俺も話してるし、英介も話してるだろ。」
 捻くれた返答にどう思っているか、雄介の無表情からはうかがい知れない。
「僕、ずっと病院のベッドに一人で。たまにくる兄とか両親とか以外だと、病院にいるのっておじいちゃんやおばあちゃんだけだったんです。」
「そんな感じするよな。」
「でも、年上には敬語って、お母さんがずっと言ってたから。敬語使うようにしてたら、気が付いたら、いつも敬語がでるようになっちゃったんです。」
「………へー。」
「普通の言葉、話そうとしても気が付いたら変なふうになっちゃうんですよ。だから、敬語使ってるんです。」
「なるほどね。」
 持ちにくそうに荷物を抱えなおす雄介は、もう既に疲れ気味な顔色を見せる。ずっと病院のベッドにいたせいなのか、バスが揺れるごとにずるずると荷物は腕からずり落ちていく。その様が見ていられなくて、自分の荷物は足元に置いて、やたらと多い雄介が持つ英介の荷物を奪うように取り上げた。
「なにするんですか。」
「何かしんどそーだったから。っつーかこんだけ重いの、何が入ってんだよ。」
「トランプとか、色々詰め込んだみたいですよ。」
「…何考えてんだか。」
「楽しくしたいってことで頭がいっぱいだったんでしょうね。たぶん。」
 膝に乗せた荷物は、洒落にならないくらい足を圧迫していって、それでもって、しっかり掴んでいないとすぐに倒れてしまいそうなくらいに重かった。




 そして、ここからが、日暮や松浜、そして、京太郎にとって"特別"になる、その時。



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