Ghost Apple 25

 それからは、雄介は一言として口にしようとしなかった。言葉に詰まる、そんな表現が一番似合うだろうか。きゅっと結んだ雄介の唇に眉を下げながら、しかしそんな表情は悟られないようにして。
「…なぁ、お前が引きこもってる病院ってどこだっけ。」
「え?」
 京太郎の唐突の問いに、顔をぱっと上げる。目を丸くしたその表情に、当時の京太郎が何を思ったのか、それはまだ明確には思い出していない。
「っていうか、どこ?」
「………輝北病院ですよ。」
 拗ねたような声で雄介が答える。それに重ねるように投げかけた京太郎の言葉に雄介は、更に機嫌を悪くした。
「寂しい?」
「………。」
 あからさまな態度にクスリと笑う。楽しそうでもなかった無表情が変わる様が面白いのか、京太郎はどこか晴れやか…と言ったらおかしいかもしれない。それでも決して嫌われるんじゃないだろうかなんていう危機感も、談笑が面白くないなんていういつもの気持ちも、全く湧いては来ていなかった。
「………寂しい、です。」
「そりゃそーだよな。」
 悔しそうに呟かれた雄介の声に、やはり京太郎はどこか穏やかそうな顔で返す。身長のせいもあり、雄介に弟のような感覚でも持ち始めたのか。今であれば話し始めて数十分程度の相手に何を、とも考えたかもしれないが。違和感なんてこれっぽっちも覚えていなかった。雄介も雄介で、初めて話した相手に寂しいなんて口にしていたから。
「輝北病院だったら、ちょっと遠いかもしんねぇけど。俺、会いに行くよ。」
「………!」
 唐突の京太郎の言葉に、またもびっくりしたような顔をする。当たり前だろう、親しくもない人間にこんな言葉を投げかけられて、戸惑わない人間のほうがおかしい。それでも、京太郎はそんなこと考えもしなかった。
「引きこもってばかりなら、俺が連れ出してやる。」
「…どうして。」
「お前のこと知らなかった、おわび。」
「僕が勝手に君の事を覚えていただけなんですよ。…別に、いいです。遠いところにわざわざ足を運ぶ理由なんて、ないですよ。」
「いいんだよ。」
 別にいい。確かにその言葉はすぐ隣にいる雄介に向けられている言葉であるはずなのに、それは京太郎自身にも言い聞かせているようで、それでもって京太郎でも雄介でもないどこかに向けられたような言い方であった。
「親、仕事忙しいから遊べることも少ないし。」
「………。」京太郎の言葉にどう返事をすればよいのか、迷うように口を噤む。
「暇つぶしの要素は多いほうがいい。…なんて、ただの言い訳みたいなもん、だけど。」
 そう、雄介が寂しいなんて言うからいけない。いくら一方的にでも自分のことを知っていたとは言え、今日初めて話した相手に寂しいなんて、するっと言葉にするから。
 両親共々忙しくて、たまに遊びに行ける遠いところと言えば近所のゲームセンター。そんな暮らしが嫌いだったわけじゃない。自然と覚えた料理だって掃除だって洗濯だって、これからを考えれば必要なことだと思っている。
 けれど、そんな達観した考えで、京太郎は自分自身を諦めさせていた。
「お前、友達らしい友達って、いるの。」
「何ですか、…いきなり。」
 また訳の分からない方向へと話題を変えた京太郎に、更に眉を潜める。そんな雄介は全く気にならなかったのだろう、京太郎はそのまま答えを待った。



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