Ghost Apple another1

「話が、あるんだけど。」
 そうして切り出した相手の顔は、とてもびっくりしたような表情だ。当たり前か、僕がそんなことを言い出すのなんて、何年ぶりにもなるんだから。
「…なんだ。」
「ちょっと長くなるかもしれないけど。いい?」
 ぶっきらぼうな答えの裏に見えるのは、臆病な父の想い。きっと僕に接するのがこの上なく怖いんだろう。僕はなんだって気にしやしないのに、周りの人は何かを言い続ける。何かを思い続ける。はた迷惑な周りの距離に、僕はつかれきっていた。
「…中に入ろう。ここじゃ寒いしな。」
「そうだね。」
 今現在、玄関は日の裏側に位置している。そして日が正面に来ても山に遮られる。そのおかげでこの家の玄関は、年中他と比べて少し寒いものになっていた。夏には涼しい良いスポットになるのだが、もう秋もすぐそこ。指先が寒くなってくるこの時期にここにいるのは、じわじわと自分の体を冷やしていくことになるだろう。
 心地の良い父の低い声に促され、リビングのテーブルへとつく。父と対面するように座ったところで、こうして父さんと面と向かって何かを話そうとするのはとても久しぶりなことだと想った。
「…それで。」
 おもた苦しいような父の声。僕を律しようとはしない、僕には似てない親。僕も雄介も母に似た体型と顔つきだったから、改めてこの父の顔を見ようとするとどうにも壁のようなものを感じる。
「クラスメイトが一人、行方不明になった。」
 静かに切り出した僕の言葉は、二人の空間を凍りつかせる。少しだけ聞きかじってはいても、こうして面と向かって何かを言うことは初めてだったからか、父さんはほんとうに目を丸くさせて固まった。
「別に、探して欲しいとか、そういうんじゃないよ。」
「………随分冷たいんだな。」
 父の言葉はごもっともだ。だが、探すつもりもなければ探して欲しいと誰かに頼むつもりはない。探しても探さなくても、結果は同じだから。
「…そいつの名前は。」
「だから、探して欲しいとかじゃないんだって。」
「…それでも俺から言えるかもしれないことがあるだろう。」
「うーん。」
 わざとらしく、腕を組んで俯いてみる。わざわざここで名前を出すつもりはなかったから、少し予想外の出来事だ。
 それでも、父から何か威圧のようなものを感じて。ゆっくりと、口を開いた。
「内海、京太郎くん。」
「………!」
 その名前に、またも目を丸くさせる。父のこんな顔が何度も見れるなんて、珍しいことだろう。僕が話をしたいなんて切り出したことも含めて、明日雪でも降るかもしれない。まぁ、転校生だなんて言われてその顔を直に見てしまった僕の顔はもっと呆けたあほらしい顔だったのだろうけど。
「…こっちに来てたのか。」
「うん、夏休み終わってからね。」
「…何故言わなかった。」
「わざわざ言う程のことでもないでしょ。」
 首を傾げながら笑ってみると、またも睨まれる。言う程のことだったか。
「………あの子、いなくなったのか。」
「そう。いつもと同じだよ、不審な行動を繰り返していって、ある日突然消えた。なんのヒントもなく、誰に言うわけでもなくね。」
「…そうか。」
 警察である父に言えることなんてない。イメージダウンだからと届けもつっぱねて知らん顔している父にとって、この話題はあまりよくなかったんだろう。
 実際ぼくもよくないだろうな、と思っていたし、何故持ち出したのかもよくわかってない。
「まぁ、京太郎くんがいなくなって何があるってわけじゃないんだけどさ。」
「…お前は、それでいいのか。」
「仕方ないよ。連れ去られたものは連れ去られたんだから。死んだ人間にいくら何したって生き返ったりはしないでしょ?」
「…まだ死んだと決まったわけじゃ、」
「5年も6年も行方知れずのままで生きてるって言えるほうがおかしい。確かに京太郎くん自体は数ヶ月ってとこかもしれないけど、全く同じようにいなくなったんだったらその5年ほど前にいなくなった人たちと同じと思っていいでしょ。」
「…だが。」
「もしかしたら、雄介みたいに幽霊になって戻ってくることはあるかもしれないけど。」
「…は?」
 突飛な僕の発言に、またまた目を丸くさせる父。そんな発言をしてしまった自覚は、ある。



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