Ghost Apple another2

 件の内海京太郎くんは、2学期から転入してきてクラスメイトになった僕の"友達"だった。
 周りより頭一つ抜けているような高い背、あまりよくない目つき、人を拒絶するかのように長く伸ばされた前髪、粗雑な口調に出鼻をくじかれそうになるが実際は面倒見がいい、彼。
 その彼は、僕の弟である日暮雄介の最期を見届けた人間でもある。
「バス横転事故で、京太郎くんを庇うような体勢だったせいで死んじゃった、あの雄介。」
「…英介。あれは…」
「知ってる。別に雄介が死んだのは京太郎くんのせいだなんて思ってないし言ってないよ。だから別に記憶喪失になったって言われても何にも思わなかった。」
「…記憶喪失?」
「そう。忘れてたみたいなんだよね、全部。僕のことだって初対面みたいに接してたし、"日暮"って呼んでたし。」
「………そんなの。」
 知らなかった、とでも言いたいのだろうか。僕も知らなかった、彼と新しい学校生活を始めることになるまでは。知るべき事であったのは間違いないのに、どうしてか。
「まぁ、別にいいんだけど。」
 今更どうこう言ったって、京太郎くんがいなくなった今後の祭り以外の何物でもない。死者に手向ける言葉を後悔で埋め尽くしたって、誰も幸せにならないんだから。
「…じゃあ、幽霊っていうのは。」父さんが重い口を開く。
「父さんは信じる?」
「…信じはしない。だが、そんな話題が出て来るまでの理由は必ずあるだろう。」
「まぁ、そうだね。」
「だったら、話は聞いておきたい。」

 父の転勤によって越してくることになったこの家は、弟の死に場所から程近い場所に存在する。
 6年前のバス横転事故。田舎町で起こった死傷者を出すほどの悲惨な事故は、今でもこの地の人間に傷跡を残している。偶然でこの地に来ることになったとはなんとも皮肉としか言いようがないが、そのおかげで僕は学校では一つ距離を置かれて過ごしていた。直ちに病院に運ばれそこで生死を分けた人たちと違い、僕の弟である日暮雄介は、そのバスの中でほぼ即死の状態で死んでしまったから。誰か一人でも覚えていれば、それは波のように広がっていく。双子だということもあって、それはもう騒ぎ立てられていた。
 そんな3年間を過ごしたところで、転校生がやってきた。
 横転するはずだったバスに僕と隣同士で乗り合わせるはずだった、内海京太郎、その人。
 好きな子の近くに行きたい、なんて言って双子である弟との入れ替えを提案したがために、雄介はそのバスで死に行くことになった。最期の時を、京太郎くんと共に過ごしながら。
 原因は間違いなく僕にある。体の弱い雄介だったからこそあんな悲惨な結果を招いてしまうことになったが、修学旅行でくらい我慢して京太郎くんと隣に座っていれば、きっとあんなことにはならなかった。

 後悔したって僕が後を追おうとしたって、雄介は帰ってきやしないんだろうけど。
 違うか。後悔してのしかかる罪を感じることも、後を追って死ぬこともただ怖いんだ。

「その京太郎くんがね、あの根付持ってたんだよ。」
 まだ着替えていなかった学ランのポケットの中から、赤い根付を取り出す。鮮やかな赤い紐にビーズなんかがまとめられた、鈴のついた根付。修学旅行のとき、体の弱い雄介にと母が手作りして渡してくれたものだ。雄介は青、僕は赤。父に見せ付けるように指からぶら下げてみれば、泣きそうな顔をされてしまった。
「紐の部分は血で染められたみたいに真っ黒になってたけど。でも、全く同じだったから間違いないと思う。」
「…よく見たのか。」
「見なかったら憶測だけでこんなこと言わないよ。」
 ストラップ気分みたいに携帯電話につけられていた、母の手作りの根付。不思議と鈴の音は聞こえてこなかったが、間違いはなかった。雄介が修学旅行の日持って行った、あの、青い根付。
「お前の弟にもらったぞ、だってさ。」
「…何がしたかったんだ、あの子は。」
「さぁ、僕への嫌がらせかもしれないね?」
 でも。
「僕のことも事故のことも欠片も覚えてなかった京太郎くんが、僕に嫌がらせをする理由があるかは知らないけど。」
「………。」
 父さんは黙り込む。当たり前だ、こんなこと藪からぼうに言われたって、返せる言葉があるはずない。



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