Ghost Apple エピローグ3

 自分の我が侭で雄介を死に追いやったことは重々承知していた。でもだからって、あんなに責められるとは思わなかった。
 あれから何人に責められたのだろうか。特に母は、何度だって僕に向けてあんたが死ねばなんて吐き続けた。あの人にとってそんなに自分はいらない人間だったんだろうか。どれだけ自分は存在感のない人間だったんだろうか。一人称を雄介と同じにしてみても、どれだけ性格を殺してみても、いつまで経ってもあの人は僕を恨み続けた。そんな母に何を感じたのか、父は僕を攫うように連れて二人暮らしをすることになってしまって。


 そこで、僕の中に残った雄介は、あのお揃いの根付だけになってしまった。


 遊んだことなんてほとんどなかった。自分を預かってくれていた祖父母が見舞いに行くときついていって、少し話したくらい。
 一緒に授業を受けたことなんてなかった。かわいそうだから、そう言って少しの行事に親同伴で来ていた雄介を横目に、友達と楽しく話していた記憶しかない。
 自分と同じ顔をして、両親に愛されて、そんな雄介を眺めるだけだった僕は、お揃いの根付以外に、記憶も、事実も、何も持っていなかった。


 赤い根付。今時の子供が持ってたって浮くだけな、趣味の悪い手作りの根付。きっと最後まで自分を愛してくれなかった母からの、贈り物。
 





 唯一雄介と繋がっていたそれを、あてつけのように携帯電話につけてきていた京太郎くんは、相も変わらず何も覚えていないらしかった。覚えていない癖に、「お前の弟に貰った」だなんて冗談でも言えないような言葉をぶつけてきて。
 悔しかった。唯一の兄弟の最期を見て、唯一の兄弟を踏み台にして生き延びた彼が。恨めしかった。全て忘れて遺品をストラップ気分で身につけている彼が。
 いや、雄介の最期を見させて、踏み台にさせたのは、僕か。僕自身か。
 …それでも、恨めしかった。我が侭にも程があるのはわかっていたけれど。

 パキン、パチン。

 自嘲を表すように手元で鳴るガラパゴスな折りたたみの携帯電話は、何の情報も持ってこないし、何の情報を発信しようともしない。開いて、閉じて、その繰り返しだけ。何の意味もない、手持ち無沙汰だったからやっているだけの行為は、クラスの誰も気にも留めようとしない。
 誰も気にしない。自分の無駄で何の意味もない行為も、後ろにぽつんとある寂しげな席も、白いカッターシャツから茶色いブレザーへと姿を変えて行ったクラスメイト達は、何の興味も示さない。

 京太郎くんが行方不明になってから、1ヶ月が経ったろうか。中間試験も終わってほっと一息つくクラスメイト達の中で、僕一人は全く別の感情を心に詰め込みながら過ごしていた。


 あれだけ騒がれていた行方不明騒ぎの次の失踪者は、僕の後ろに座っていた彼、内海京太郎だった。
 最後に話したあの日。あれから、ぱったりと所在がわからなくなったようで。警察にも届けが出たらしいが、探しても探さなくても結果は変わらないだろう。治安を守るべき公的機関が出した答えはそんなもの。全く世間とは汚いものばかりだ。
 それでも、そんなことは誰も気にも留めない。京太郎くんの失踪を皮切りに、京太郎くんも神隠しも、それに関係する小さな事柄すらも、何もかも一切騒がれなくなった。

 ある日を境に返事も瞳もおぼろげなものになって、たまにはっきりした目になったかと思えば死んだ雄介のことばかりで。最後には学校の近くにある無人神社について聞いていたらしいが、当の無人神社は何も無かったらしい。手入れもされていなければ、人が入った形跡もない。
 本格的に、"神隠し"となってしまった、ということ。


 空になった後ろの席は存在し続ける。
 誰も気にしないその席は。
 …座る人間はいない。きっと、二度と帰ってこない。



 覚えているのは自分だけとでも言いたげな後ろの席は、僕にだけ存在を主張し続ける。想う度、僕の顔から笑みは消えていった。
 京太郎くん相手にはあんなに出ていた嘘くさい笑いは、消えていった。



 バチン!
 大きな音で手に持っていた携帯電話を閉じてみる。が、誰も気にも留めようとしない。僕も『神隠しの一部』ってことかな。それは困るんだけど。
 でも、誰も気にも留めない教室の中であれば、少しくらいは。

「さようなら、京太郎くん。」
 もう二度と会うことはないかもしれない。そう思ってたのに、記憶喪失って壁をとっつけてまた出会えたから、『二度あることは三度ある』って言葉を信じてるよ。でも、しばらく会えないだろうから。




「またね、は別の機会にしとくね。」


 さようなら。



  * E N D *



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