Ghost Apple エピローグ2

 そんな終わり方だったから、何も知らないような京太郎に対して、背筋にぞわぞわとした寒気を感じた。
 同姓同名の別人? でも、内海なんて苗字そうそうめぐり合えないだろう。見た目だって、相変わらず背はびょんと伸びて頭一つ抜けているし、人を拒絶するように伸びた前髪も、あのまま育ったかのような目つきも。ここまで特徴が一致しておいて別人なんて。いや、でも。
「日暮、どうした?」
 しばらくの間は、そんな常にそんな感情で覆い尽くされたまま過ごしていた。自分のことを『英介』と呼ばず『日暮』と呼ぶ彼に、複雑な心境で。
 名前を言っても反応がないなんて、自分のことを忘れているのか。
 いやでも、本人って決まったわけじゃない。

 誰にも相談できない悩みの種が大きくなり続けるが、そんなのはいつまでもは続かなかった。

 夏にも関わらず、学校指定のブレザーを、汗一つかかず、なんてことないように着こなす彼の、右腕を見てしまって、自分は確信した。

 体育の時間のことだったろうか。自然と校内を案内する役目を任されていたから、更衣室を案内するのだって自分の流れになる。共に移動してたんだから、着替えるタイミングだって一緒になる。一週間もあったんだから、体育が無いなんてことは無い。
 そこで見てしまった、彼のひょろ長い体のいたるところにあった傷跡。特に右手にあった、抉れたような、傷は。
 自分のようなアームカットではない。きっとあれは。

 そのとき僕は、確信した。ああ、僕の知る内海京太郎なんだなって。
 だってちゃんと覚えてる。言い合ったときにしか見なかったけれど、京太郎くんの右腕にはとくに酷く包帯がぐるぐる巻きにされていた。誰かからも聞いた。ガラスの傷は雄介が庇うようになっていてほとんどなかったけれど、右腕だけは庇いきれなかったって。


 でも僕は我慢していた。思わしくない状態が続いていたことは聞いていたし、きっと穿り返されてもいい思いはしないだろうから。恨みは、大きかったけれど。

 それも我慢できなくなったのは、あの根付を持ち出されてからか。






「やっぱり心配だから、お守りにね。」
 母が差し出した赤と青の二つの根付。いつも雄介ばかりに構っていた母が、珍しく二人一緒にとくれた物だった。りん、と可愛く鳴るのはくっついている鈴の音。趣味の悪い構成から、手作りであることはすぐにわかった。その時の僕は「こんなもの、」と言ってわざと家に置いていったりしたけれど。
 初めての遠出について行けないと知った母は、それはもう頭を抱えるほどに心配していた。もし何かあったら、それを考えると気が気でなかったのだと思う。確かに病院が出す数値では問題ないと判断されたのだが、それでも。そう頭を悩ませる母は、自分の機嫌を急降下させていくだけのものであったけれど。
 父に「大丈夫」と説得された母は、結局二つのお守りを出すことで自分達を見送ることにしたらしい。つまりはまぁ、自分の手元にあった根付はおこぼれもいいところなものなわけで、珍しく二人一緒と言っても嬉しくなんかなかったのだが。
 あのときはそんな感情だけだった。雄介のオマケ。ただそれだけ。友達なんていうたくさんの石ころを持った自分と、両親っていう二つの宝石を握った雄介の差をまざまざと見せ付けられている気がして、帰ったら捨ててやろう、なんて思っていたけれど。

 あんなことになった後で、何を考えれば捨てようなんて思えるのか。



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