Ghost Apple 11

「てなわけだったんだけど。」
「随分軽いですねぇ。というか、その成り行きじゃ君は家で休んでなきゃいけないと思うんですが。」
 声だけでエネルギーの方向を決定付けられた腕を止められるわけもなく、いくつか身長の低い日暮の腕で昏倒させられた京太郎は、その1時間ほど後で保健室にて目を覚ました。心配そうな保健室の主である先生に頭を下げれば、今日は早退しろとの言伝を授かった。拳での気絶は人が思うよりいくらか危ういものらしく相当慌てたのだが、どうにも気絶は殴られたことによるものではない、そうで。いまいちわからない先生の言葉に意味を問おうとしてみれば、説明の前に休んだほうが良い、と言われてしまう。何にしても親が少し待てば来る程度の距離にいない京太郎の事、誰かが送るだのなんだのと先生は口うるさく言ったわけなのだが、京太郎はそんな教師たちを押し切って一人で帰ると言い張り。日暮がどうなったのか、それらは京太郎には伝えられていないのだが、どうせ明日には会うことになるだろう。気にせず待てば、せめて親がこちらへ会いに来ると言う時間よりも早く日暮の顔を拝むことになる。無駄にいざこざ考えるよりも、机の中の荷物を粗方カバンの中に突っ込みいれてくれていた先生に感謝しつつそのカバンをひったくるように学校を後にした。
 簡単に終わらせられた説明と、京太郎の顔に痛々しく貼り付けられたガーゼと、それに見え隠れする青紫に変色した肌を確認した後、日暮は一つ、ため息をついた。いつもの、神社の賽銭箱の向こうにある階段で、だ。
「それで僕のところに来たんですか。」
「うん。」
 その呆れの表情は、京太郎が先ほど日暮兄に向けていたものと大差ないだろう。自分でもバカなことをしているとほとほと感じている。学校が早退を命じたのは休息のため。それ以外のことをするのは叱られてしまっても仕方のないことだろうが、それをわかった上で足を向けたのは自宅ではなくこの神社だった。頭も気絶していた割にスッキリしているし、少しくらいなら大丈夫かと思ったのだ。
 赤の根付は、手元にはない。日暮のことは先生には「後日」と言われて全く持ってわからないのだが、多分きっと、日暮が持ち去ったのだろう。渡すことが目的であったのだから万々歳なのだが、もし他の誰かが持って行っていたりすると少し問題だ。後から確認する必要があるだろう。
「しっかしまー、お前の根付持っただけでああなるって、どういうことなの。」
「修復不可能な別れでしたしねぇ。」
 日暮はのほほんとした雰囲気で、しかし表情はやはり無表情に限りなく近く、買って来た団子を一口入れる。その動作を横目に見て、瞳から滲み出る決してマイナスではない感情を確認してから自分も団子のパックへと手を伸ばした。
 頑なに緑茶を出してくる日暮にどうせならと思い今日買って来たのは、安く売ってあるパック詰めの団子。風情は欠けるだろうがシュークリームやプリンよりいくらか様になるだろう並ぶ湯のみに一息つきつつ、甘いだけのみたらし団子を口へ放り込めば、予想通り、舌が痒くなるおうな甘さが京太郎を襲ってきた。正直、この甘さはあまり好きでなかったりする。
「………寂しくねーの。」
 あまりにも普通に言ってのける日暮に、つい、そんな言葉を出してしまう。団子にぱくつく日暮の姿は、まるで兄は団子以下とでも表したがっているようだ。興味無さげもここまでくると危ういのではないだろうか。舌の痒さをごまかすように出された緑茶を口に含む。少しの渋さが今の自分に丁度よく感じた。
 しかし、京太郎の問いには、ピタリと手を止めて、たっぷり時間を使ってから、答えた。
「…寂しいか寂しくないか、それは言えません。」
「何で。」
「言えないんですよ。」
 口角は微かに持ち上げられる。それでも先ほど団子に向けた嬉しさを称える瞳は姿を失せていた。
 その日暮の瞳を見てから、少しの後悔を心に置く。日暮弟に対して同じようなことを一度したような気がするが、何があろうと家族と会えない寂しさはどこかしらにあるはずだ。現に元々突き放し気味だった親と離れた自分が思っている。兄弟という距離感は京太郎にはわからないが、家族の一人と離れる事に関して寂しさを感じない人間なんて極小数。その極小数に当てはまるかもわからない日暮に対して、考えなしな質問だった。
 それに加えて、家族と離れるのは寂しい寂しくないの問題ではないだろう。現実に起こる物事には過程というものがある。家族と離れ離れになるにあたっての物事が、そう簡単に終わらせられるもののはずがない。あまりにも無神経な自分の質問に、心の中だけで頭を抱えてしまった。
 しかしそんな京太郎の心中など知りもせず、日暮は話題を変える。
「それにしても、どうしてここに来るんですか?」
 その表情は、またも無表情に隠された呆れだ。話の方向を変えるのが上手いヤツだな、と全く関係ないことを頭に入れつつ、次の言葉を出そうとした日暮を素直に待った。
「………助けてもらったのは、嬉しいんですけど。ここに来る理由はもうないはずでしょう。」
 先ほどの京太郎のように甘さをごまかすためか、日暮自身の湯のみに手を伸ばし音を立てて緑茶を啜る。
「そんな怪我して学校から早退命じられて、そんな中で来るような理由はもっとないはずです。何をどうしたいんですか、君は。」
 少し含まれる咎めるような声色。京太郎に向けられる微かな怒気は、先ほどの日暮兄とは程遠いものだが、何故だか日暮に責められる日だなぁと頭を掻いてしまった。
 ここに、薄暗いだけの神社に来る理由、だなんて。

 そんなの決まってるじゃないか。

「だって、お前がいるだろ。」



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