Ghost Apple 12

「は、」
「え?」
 ついその言葉を出してしまったのは、京太郎。
 出されたその言葉を受け取ったのは、日暮。
 その言葉に首をかしげたのは、日暮と京太郎。
「ばっ、いやっ、ちょっと待て!」
「慌てないでください。僕が慌てるならともかく、言った側の京太郎くんが慌てないでください。」
 思わず立ち上がってしまったが、傍にあった湯のみは特に被害はないらしい。そのことに少し安堵しつつ、どうにも上手く動かない手を振りながら「その、だな、」と詰まり詰まりの言葉を紡ごうとした。
「いや、えっと…大した考えはなくて、だな。」
「そうですか。」
「確かに、お前がいるからここに来たんではあるけど!! でも、その、なんだ。別にお前のことが特別だとかそういうわけじゃなくて、えっと、なんだ、その、えっと…、特別じゃない、っていうわけでもないんだけど…」
 ああああ待て、何を言ってるんだ。京太郎の頭を抱えつつ放たれた小さな言葉に、日暮は、クスリと笑う他なかった。
「は………」
「く、ふふ。ありがとうございます。」
 そんな日暮の表情を、緩みきって幸せそうに笑う日暮を見た京太郎は、がちんと固まってしまう。出された礼に答える間もなく、初めて緩やかになった日暮の表情筋に呆然とするばかりだ。
「…っ、べ、つに。礼言われることじゃ。」
「嬉しいから言うだけです。」
「そ、そうかよ。」
 ったく、なんなんだ。呟いて座っていた階段にまたも腰かける。腰を降ろすことを想定されていない作りの階段は、ときたま背中に段の角が当たって痛い。上手く座りなおして、ごほん、と一つ意味のない咳払いを入れる。
「…嬉しいですよ、京太郎くんがそんなこと言ってくれて。」
「やめろ。なんか、痒くなるだろ。」
 日暮の戻りそうにもない笑顔に少しだけ頭を掻いて、団子を口の中へと入れる。どろっとした甘さが舌を蹂躙していくような気がして、無理矢理飲み下した。
 少しだけ見えた、笑顔を少しだけ曇らせた日暮の顔は、しっかり記憶に残しつつ。その日も何事も無く、日暮と別れることになった。











 相変わらず日暮はこちらを向かない。もちろん、兄のほう。「日暮、」は無視。「なぁ、」も無視。懲りないなぁというクラスメイトの呆れた声まで同じとなれば流石に精神的にも参ってくる。初日のように不機嫌そうな顔で授業を受けていれば、かなりの回数先生に指されてしまい色々と頭の痛くなる一日となってしまった。いやまぁ、偏頭痛のおかげで基本的に京太郎の一日はとても頭の痛いことが多いのだが。
 4時間目開始の合図が学校中に響き渡ると、席に着き始めようと教室内にいる人間は忙しなくなっていく。音と同時に動きの変わる人々をどこか覚めた目で眺めていれば、同じように変わった流れについてきた日暮が前の席に座った。新学期が始まってから数週間、もちろん月一で行われる席替えはまだ先。つまりは京太郎と日暮の関係がこじれる前も後も、席は変わっていない。当たり前の事実なのに、こじれる前をどうしても思い出してしまって、京太郎は少しだけつまらないような顔をした。一つ、その顔をいつもの嘘くさい笑みのまま向けてくれればいいのに、それをしてくれない。
 少し遅れて顔を出した教師の授業開始を知らせる声を聞き流しながら、乱雑に机上に散らばった教科書らを適当に開く。頭が追いつけないだけで、聞く気はあるのだ。最初だけ。室内を見ればすぐに分かる高い生活能力を身に着けている京太郎は、いかんせん勉強だけ出来ない。現在は偏頭痛のおかげで帰宅部であるが、スポーツもそこそこにやる。しかし勉強だけ出来ない。わんぱく坊主をいつまで引きずるんだ、と親からも教師からも友達からも再三言われていた。
 ………友達。
「―――おい、転校生だからって甘くみてもらえる期間は過ぎてるぞ。」
「え、あ、」
 すぱこん、と小気味良い音は、頭上というより京太郎の頭から。丸めた教科書で叩かれたようで、叩いたほうを見てみれば教師が苦笑い気味に立っていた。近づかれるまでわからないとは、自分は何を考えていたんだろうか。気まずそうに口を"い"の形にして「すんません」と言えば、広げた教科書が机の上にぽんと置かれる。俺のかよ。
 クスクスと笑うクラスメイトに後で覚えてろと思っていると、起立、という先生の声が耳に入った。
「こっから、この1778年のとこからな。」
「あっ、はい。」
 がた、と急いで立ち上がって教科書を手に持つ。相変わらず日暮は興味無さそうに前を向いて、と言っても、授業中なのだからきちっと前を向いているのが大人の求める普通だろうか。そんなことで面白くないと思うなんてどこの子供か。自己嫌悪の泥沼に片足を突っ込みながら口を開こうとしたところで、



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