Ghost Apple 13

「何か用か。」
「…っ!」
 かすかに聞こえた足音と、不機嫌なまま漏れた京太郎の声。そして、その声に反応するように、息を呑むとある生徒。京太郎に何の関係もなければ「別に」という少ない文字で会話なんてものはなかっただろうが、そうでないということは、京太郎に用事があってここへきた人間なんだろう。すぐさま反応して顔を上げられる元気もなかったので顔は窺い知れないが、不機嫌そうな京太郎にもめげずにその生徒はまた一歩、京太郎へと近づいた。
 二人の距離が人一人分程度になったところで、やっと京太郎が顔を上げる。迎えたのは日暮でも先生でもない見も知らぬ女子生徒が立っている姿。見覚えがあるような気もするが、生憎通りすがりの女子生徒を一々覚えている程記憶力がいいわけでもなかった。
「あ、あの………」
 長く、それはもう目元まで隠されるほどに伸びた黒髪を揺らす女子生徒は、戸惑っている様が見て取れる。隠された顔は可愛いかもしれないが、京太郎には目の前の女子に対して大した感情が動きもしなかった。疲れているせいか。
「何。悪いけど、今ちょっと具合悪いから何話されても覚えてねーかもしんねえぞ。」
 頭の中が、すみからすみまで何かに蹂躙されているような痛み。そんな中での出会いも考え事も話される事も、まともに飲み込めるような気がしなかった。…ところで。
「あ、お前………」
 その顔をよく見てみれば、先日日暮に昏倒された際傍にいた女子生徒ではないか。
「覚えてるんですか?」
「この前日暮と喧嘩―――みたいなのしたときいたヤツか。」
「…はい。」
 京太郎の言葉に、女子生徒が複雑な笑みを返す。安堵か、はたまたそれ以外の何かがあるのか京太郎には汲み取れないが、少なくとも怖がられてはいない様子。それであれば多少わたわたしていたとしても会話くらいはできるはずだろう。その笑みに今度は京太郎が安心のようなものを感じて、「そんで、用事って何。」と若干ぶっきらぼうな声を出した。立てば背は京太郎のほうが高いだろうが、地面にに腰を下ろしている京太郎は女子生徒を大分見上げなければならない。長い話だったら首が痛くなるかな、と若干の心配を入れつつ女子生徒の言葉を待った。
「わ、私。日暮くんとは小学校が同じだったんですけど。」
「え?」
「だから、小学校が同じで。」
 日暮の名を出され片方の眉を上げる。日暮は先ほど去ってしまったのだが、という思いから出た呆けた声はよく聞き取れなかったと捉えられたのか、同じことを繰り返される。
「日暮、さっきどっか行ったけど。」
「いや、用があるのはあなたなんで。」
 少し怪訝な顔をしながら、「そうか」と言うように頷いた後。
「小学校か。あいつそんときも背低かったの?」
 ごまかすように目を逸らしながらどうでもいい質問を出してみるが、そこで大切なことを思い出したかのように目を見開く。もう一度女子生徒のほうを見てみれば、やはり困ったような笑いを顔に浮かべていた。
「あいつ中学のときここに転校してきたんだろ?小学校が一緒だったって。」
「ここは…少し特別な場所と少し近いですから。」
「特別?」
「はい。行き先が被ったのはほとんど偶然だったんですけど、私のいた小学校から何人か、ここに来た人がいるんです。って言っても、5、6人くらいですけど。」
 5人6人が同じ場所から同じ場所に転校だなんて、そんなことがあるのか。孤立はしていないものの、どこかクラスから浮いた印象のある日暮の姿を思い出す。それに『慎重に日暮に接さなければならない理由』とやらも。特異なものがあるからこそ、どこか異質さを感じたのだろうか。
「んで、用は何。」
 女子生徒とはあまり関係ない気もする方向へと思考が傾き始めたところで、正すように目の前の女子生徒を見つめながら問うてみる。しかし、女子生徒は先ほどまで開いていた口をきゅっと結んでしまった。発言することに戸惑うような仕草。
「だーから、俺体調悪いから、早めにすませとかないと倒れるかもしんねぇぞって。」
「………はい。」
 歪んでくる視界にまずいものを感じて、急かすように用事は何だともう一度言う。それからまた少し間を置いて、女子生徒は意を決したように口を開いた。



「―――――――――。」
「………は?」

 二度目の呆けた声を最後に、記憶は途切れた。



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