Ghost Apple 18

 元々おかしかったのだ。むしろ違和感を持たなかった京太郎のほうがおかしい。
『家借りたのはいいんだけど、仕事の都合でまた戻らなくちゃいけなくなってさ。』
 母の何かをごまかそうとするその声は今でもしっかり覚えている。理由らしい理由は最後まで聴くことはできなかった。何を思う前に新しい日常が押し寄せてくる中では、無理に問い詰めることさえもできなかった。
 しかし、しっかり覚えているにも関わらず、どうして気づかなかったのか。初めて京太郎が現在住まう家に来たとき、それまでずっと三人家族だった京太郎は言ったのだ。"狭く感じる"、と。
 そう言った京太郎に両親が口をすっぱくして言った言葉に、京太郎は特に何も感じなかった。
「一人暮らしにしては広いほうよ。確かに三人じゃ狭いかもしれないけど、二人で住んでも不満は出てこないんじゃないかしら? 掃除は大変だろうけど、快適なのは快適なはずよ。」
 その、言葉に。
 両親は言った。「手続きが面倒だから入れ」と。しかしその言葉は最初から京太郎を一人で住まわせる予定だったことを明らかにしている。つまり元々、物件を探す段階で京太郎の両親は元の地を離れることを考えていなかったのだ。
 京太郎を一人で住まわせる予定のものだったとすればわざわざ三人で住まうことを想定した物件でなくてもいい。無駄に広い家を借りたところで、こちらの懐から大切な限り在るお金が飛ぶばかりで得らしい得なんてない。
 ならば何故、京太郎は両親と離れなければならなかったのか?
 両親は仕事の都合で元の地から離れることはできなかった。だとすれば、京太郎もその場から離れる意味は特になかったはずだ。確かに放任主義な家だったが、わざわざ家を借りてまで息子を離れさせるには相応の理由があったはず。

 その放任主義、というものにも違和感がある。
 京太郎は生まれてきてからこれまで、両親に対して嫌悪らしい嫌悪の感情は出て来た記憶がなかった。確かに歳相応に考えて欲しいこと、してほしくないこともあったかもしれないが、今考えればそれはどこにでもあるような、普通と言う他ないような事柄ばかりだ。それを除けば仕事にかまけてばかりであったとしても良い両親であったし、良い関係を築いていられたと思う。
 一歩引いて見てみれば、それだっておかしい。
 小学校の頃には既に自分の腹の音を止めるくらいの料理はこなしていた。それはほとんど傍にいなかった両親を考えれば身に着けなければならない事柄であったかもしれない。それでも、一般的な考えで言えばもう少し後の話でも問題ないはずだった。それでもって、一般的な考えで言えば、高校生になった今でも食べるものを親に出される人間なんて数多くいるはず。
 何故、京太郎はそのような放任主義の家でもって、「親としての義務は出来る限り果たしてくれた人たち」と言えたのか。何の不満もなかったのか。
 ―――それは、京太郎がその放任主義に"納得していたから"に他ならない。



「結構かわいそうな人生送ってるんですね。」
「そうでもねーよ。」
「家事とか、友達と遊ぶ時間も削られたでしょう。」
「なんだろなー、それも仕方ないことって思ってた。」
「人と比べたら自分の時間が少なくなるわけでしょう? ホントに何も思わなかったんですか。」
「うん。」
 日暮の話と言ったのに、全く関係ない自身の話を持ち出した京太郎に、日暮は無表情でうんうんと頷く。その無表情の裏で何を考えているのか、京太郎にはうかがい知れない。
「まぁ、話戻すけど。そーやってわけわかんないまま今の家に来てさ。」
 また話を始めた京太郎に、日暮は食べかけのケーキをまた一口、口に入れる。視線はケーキのほうを向いていても、自分の話は聞いてくれているんだろう。なんとなくわかって、話を続ける。



 そうしてやってきた田舎町の新しい学校には、日暮という男子生徒がいた。少しおかしな関係の始まり方をして、少しの間、町について色々と教えてもらった。丸一週間、学校で毎日会っていれば流石に顔も覚える。物覚えが良いか悪いかで言えば後者である京太郎も、流石に毎日顔を合わせれば覚えていくというものだ。仲よく、とは言いがたいかもしれないが良い関係を築いていた中で、日暮の上を行く特異な人間と特異な出会い方をすることとなった。
 それが今現在、京太郎の隣にいる日暮の弟である、袴姿の日暮。同じ顔をし、どこか似通っているものの、やはり別人と分かるような性格や仕草。双子と言われてもすんなり飲み込める別人ぶりに初日から翻弄され、そして今まで、どこか引っかかった気持ちで毎日日暮弟と出会っていた。ある意味では自然と足が向くように。ある意味では来なければならないという使命感があるように。


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