Ghost Apple 12

「でも、そこもおかしい。」
「そうでしょうか。」
「おかしいさ。だって俺、お前が日暮の双子の弟だって、言われたら何の違和感もなくすんなり飲み込めたんだから。」
「………。」
 無表情にケーキをぱくついていた日暮の表情が、少しだけ硬いものになる。
「ホントに何も感じなかったんだよ、あー日暮の弟なんだなーってそれだけで。でも普通、全く同じ顔の人間が出てくりゃ、本人じゃないのか、とか考えることあるだろ。」
「京太郎くんも最初は僕のこと兄だと思ってましたよ。」
「そんくらい似てたからな。で、お前の兄貴だと思うくらい似てる癖に、双子だって言われてからは同一人物だろなんて考え一切出てこなかった。そりゃもう、次の日兄貴のほうに『弟に会ったぞー』って言おうとしたくらい。」
 その言葉を聞いて、日暮は黙り込む。先と変わらない無表情であるが、ケーキを食べる手を止めたことから察するに、やはり考えることがあるんだろう。
「まぁ、おかしいって言うにはちっさすぎることかもしんねえけどさ。」
 持っていたプラスチックのフォークを握り締めた日暮の手は、暗ければそこまで違和感もなかっただろうに、明るさのせいか少しだけ白く見える。言うことは何もない、という無言から感じる日暮の気持ちを受け取って、京太郎はまだ続けた。
「そんで、何でお前が日暮の双子の弟だってすんなり飲み込めたか。」
「実際そうだからでしょう。」
「そう、実際そうだから。そうだって、"知ってた"から。」
「………。」
 京太郎の言葉に、口をへの字型に変える。表情を曇らせた日暮とは正反対に京太郎は微笑み、日暮の目をじっと見つめた。
「知ってたんだよ、日暮のこと。そんでもって、日暮ってやつに双子の兄弟がいたことも。」
「……………。」
 穏やかな笑みは簡単には崩れなさそうな"幸せ"を示す。その視線の先にいる日暮は、曇った表情を更にゆがめて、今にも泣きそうな顔をした。仮面のようにとってつけられた無表情は、するりと剥がれ落ちる。
「…お前も知ってたんだろ、俺のこと。」
 一人分と少しの間を作られた階段の上、京太郎と日暮の間に食べかけのケーキが置かれる。ゆったりとしたその動作の間、日暮は一言も言葉を発さない。丁寧にフォークを添えて置かれたケーキは、コンビニのパックに入っていなければ上品なものになっただろう。生憎寄り道がてら買って来たものに品なんて求められやしないのだが。
 写真を抜き出したような静止の時間はとても長く感じる。何を言うか、言うべきかどうか、迷うように俯いて、何か言おうとして口を開き、そしてまた閉じて。たっぷり時間を使ってから、やっと意味のある言葉を吐き出した。
「………知ってましたよ。」
「知ってたから呼んだんだ。お前は。」
「そうですね。」
 深く深く俯いた日暮の顔は、京太郎には見えなくなる。その頭を撫でてやりたいと少し考えたが…やったところで嫌がられるだけだろう。
 彼は昔から、京太郎に頭を撫でられるのをあまり好いていなかったから。
「僕のこと、覚えてたんですか。それとも思い出したんですか。」
 沈んだ声色に申し訳なく思いつつ、俯いたままの日暮に向かって言葉を流す。口元はやはり笑ったまま。
「どっちでもねぇな。確実に覚えてなかったし、思い出したかって言う程詳しく説明できるわけでもない。」
「………だったら。」
「でも、お前のことは多分、知ってるよ。松浜に教えてもらったから。」
 松浜。一目でわかる暗そうな女子生徒の名前を出せば、日暮の顔は一気にざあっと青くなる。確かに元々青いけれども、それでも一発でわかる絶望の顔色は、見ていて気分のいいものではない。
「まつはま、さん。」
「知ってんだろ、松浜圭子。」
「………。」
 黙りこむ日暮は何を考えているか。それでもって、何によって絶望のような顔を見せているか。純粋に受け取れた日暮の感情に、京太郎は、やはり笑みを崩さないままだった。
「お前の事は知ってる、けど。この再会は、純粋に嬉しい。お前は、俺にとって、とんでもなく特別なやつだから。」
 ばっと顔を上げた日暮は、目つきの悪い京太郎の笑顔をじっと見つめる。見開いた目は恐怖と怯えを混ぜ込んだ色をありありと出していて、自分のせいだと思うと少しだけ心苦しくなった。
「今、松浜もこっちに住んでんだ。あと他の数人もここにいんだって。」
「………そうなんですか。」
「そう。」
 この町は松浜にとって、そして、日暮にとって"特別"な場所だと。そう、松浜は言った。

 そう。神社のあるこの地はとある地域の一部の人間にとって、とてもとても特別な場所なのである。
 そして、その"とある地域"の"一部の人間"には、京太郎…彼自身も、含まれていたのだった。



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