Ghost Apple 20

 田舎町というのはとにかく世間が広いようで狭い。密度の低い人間達は、自然と数少ない人数での交流が深くなっていく。そのおかげかなんなのか、小学校同士の繋がりというやつもかなりの強さであった。大きなイベントともなると数校連動でやるものまである。

 その内の一つが、二年に一度に行われる『修学旅行』というイベントだった。

 その年の修学旅行は予想外の人の多さで、その多さと言われれば四つに連なる『輝北市立小学校連動修学旅行』という紙が掲げられた貸し切りバスが物語っていた。「今まで二つだけだったのに」と愚痴をこぼす先生の横で、特に何を思うでもなく、バスセンターにとめられたその四つのバスを眺めていた。
 京太郎にとって初めての遠出。親が忙しく連れて行ってもらえても近所のゲームセンター程度だった京太郎に、期待をするなと言うほうが無理な話だ。それでも背伸びしたがりの小学五年生は、一生懸命顔には出さず二泊三日に使う荷物を抱えなおしていたが。
 そんな楽しみを高める時間など与えられるわけもなく、児童たちには整列の声がかけられさっさと決まりどおりに並ぶこととなった。どこか騒々しい子供のすること、やはり相応の時間はかかる。その中で、京太郎の隣にいた少年がそわそわとし始めた。跳ねる黒髪が目を引くそいつの名前は英介といったか。元気そうな顔をわざとゆがめるような、あからさまな態度に顔を顰めつつ、京太郎は「どうしたんだよ」と英介に投げかけた。
「…ん、なんかトイレに行きたいかな、とか思って。」
「ご飯食べた後に行っとけって、先生言ってただろ。」
「だって、俺も行きたいと思ったんだけど、人多かったんだもん。仕方ないだろ。」
 拗ねたような英介の声にため息をこぼす。むっとした英介の表情は置いておいて、「だったら今行ってくれば?」と投げやりなことを言った。
「もう整列だけど、2分か3分くらいなら大丈夫かもしれない。」
「…場所、わかんないよ。」
「………はあ。ちょっと待ってろ。」
 足をむずむずと動かし始めた英介に嫌な顔をしつつ、近くにいた知らない先生へと近寄っていく。他校でも、こういうイベントのおかげで児童とは長い付き合いがあるが、年一出入りする先生とは新しい関係を築いていくことが多い。首から提げた教員の証を確認してから、「俺たちトイレ行って来ます」とぶっきらぼうに言い放って英介の手を引いた。
「…ごめん、京太郎。」
「別に。」
 たまたまトイレの場所を知っていたから、それだけ。それだけで英介の手を引いて、バスセンターの建物内へと歩いていった。

 たどり着いたバスセンターのトイレで用を足してはい終わり。とはいかないのが最悪な転機だった。
「…兄さん?」
「あ、ゆーすけ。」
 子供二人でたどり着いたトイレには、一人、男の子が手を拭いて立ちすくんでいた。どうやら英介とは知り合いらしいが、京太郎にはそんなこと知ったこっちゃない。早くしろよ、と目配せすれば、英介は唇をきゅ、と結んでその男の子のほうへと近づいていった。
 しかし、ハンカチをポケットへとしまいこむ彼が興味を示したのは、英介ではなく、京太郎のほうだった。
「…一緒に来た人、どうしたんですか?」
「隣にいたやつ。京太郎って言うんだよ。」
「あぁ。違う学校の人と隣になったんですね。」
「そー。んでトイレつれてきてもらった。」
 ぼう、っと彼は京太郎を見つめる。右肩に安全ピンでとりつけられたリボンを見る限り、彼も連動修学旅行の児童なのだろう。というか、英介と同じ学校の人間なのだろう。しかしこんな人間がいたかどうか。
「あ、これ俺の弟。雄介。」
「弟?」
 唐突に入った紹介に首を傾げる。連動なことが多い各小学校でも、学年が一緒くたになるイベントはあまりない。六年生がそう言うなれば顔を見ていないのも納得がいくのだが、京太郎も英介も今は小学五年生。確かに彼の見た目はほそっこくて幼さを思わせるが、自分たちより年下の人間はここにはいないはず。
 そんな京太郎の疑問に気づいたのか、英介ではなく雄介のほうが答えた。
「双子なんです、僕達。」
「…あぁ。でも、今まで見たことないよな?」
「僕は何回か、あるんですけど………僕体が弱くて。覚えてないのも無理はないかもしれませんね。」
 寂しそうに笑う雄介に口をむすぶ。跳ねる黒髪も含めて活発そうな見た目の英介と、梳きやすそうな髪と体の細さが幼さを産むまでに至っている雄介。確かに顔の造形は似ているところがあるかもしれないが、見た目の印象だけで双子だとは掴み取りづらい。それでもって病弱と聞いてしまえば、京太郎に言えることなど一つもなかった。
「なあ、そろそろ行かないと。先生点呼取り始めるぞ。」
 話題を変えるように京太郎が言うと、英介が「その前に、」と雄介のほうへ向いた。
「な、ゆーすけ。俺と席変わって?」



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