Ghost Apple 2

 そんな京太郎と日暮の光景を間近で見ていたクラスメイト達は、こぞって京太郎を囲むようになっていった。翌日からの出来事だったので、少しばかりおくれた転校生への質問攻めである。親しみやすいやつ、とまではいかないものの、周りの人間を暗い気分にさせるだとか、見当違いのような言葉ばかりを返してくるだとか、質問に真っ向から嫌がりそうな性格だとか、そういうものではないと分かっただけで彼らはよかったのだ。それによって疲れはしたわけだが、孤立する心配は少しずつ減っていき、安心感と疲労感を共に落ち着いた昼休みを迎えることになった。
「大変だなー。」
「………最初だけだろ。」
 机に座っているだけで疲れるとは、これいかに。突っ伏してため息をついていれば、同じクラスの男子生徒が労わるように声をかけてきた。日暮の姿はない。
 今はこうでも、馴染めば興味は薄れていくだろう。一時を我慢すればそれでいい、という意味を込めてフランクに接してくれた男子生徒に返事をする。京太郎の疲れた目を受け取ったその生徒は、はは、と苦笑いを露にするほかなかった。
「にしてもホント、こんなとこに引っ越してくるってなぁ。」
 親しみやすそうな顔はそのままに、何度か聞いたその言葉を耳に入れられる。今クラスのほとんどは購買へと走っていっており数人しか残っていないのだが、束になってかかってこない人間にも言われるのは、少し意外なところがあった。
「みんなそこ気にすんの。」
「そりゃあな。」
 男子生徒は、さも当たり前と言わんばかりの顔をする。
「確かになんにもねー町ではあるけど。転校する場所に何があるかとか、大して考えないだろ。親が決めたんなら特に、な。」
「そうだけど………」
 あからさまに不自然に言葉を止めた男子生徒に対して、何だ、と目だけで訴える。悪い目つきのおかげで少し怖がらせてしまったようだが、そんなそぶりを見せるほうが悪い。
「いや、噂話だけなんだけど。」
「なんだよ。」
「人がいなくなる…って話、あんだよな、ここ。」
 一つ一つ区切られた言葉を飲み込もうとする。人が、いなくなる? どういうことだと言わんばかりの顔で男子生徒を睨みつければ、人差し指で頬をかきながら、小さな声で言い始めた。


 越してきたこの町には、小さな噂がある。
 ―――行方不明になる人間がいる。
 徐々におかしな行動を繰り返していき、ある日突然、姿を消す。それから、二度と帰ってこない。所謂"神隠し"というやつだ。
 この町はあの世とこの世の境目が不安定らしく、よくこの世の人間があの世に引きずり込まれることがあるらしい。と言うのは面白がった子供が広めていった噂なんだろうが。
 だが、そう考えても不思議ではない程、行方不明者が多発している、とのことだった。


「そんな話初めて聞いたぞ。」
「来たばかりだしな。」
 そりゃ、そうだけども。にしても、行方不明になるだけなんて、なんともつまらない噂が広がるもんだ。そんな京太郎の感情を受け取ったのか、その男子生徒は真面目な顔で、それでも声のボリュームは変えないまま、
「この学校でも数人いなくなってるんだ。5年…6年、そのくらい前からなんだけどさ。やっぱり話したことある人間が遭うってなると、不安にもなるんだよ。」
 と言った。あまりよくない話だというのは受け取れたので、こちらも声を小さくし、返事をする。
「話したことがある? 行方不明になったやつと、ってことか?」
「そりゃ、小中高変わらなけりゃ、歩けばどっかで会うような田舎だから。繋がり強いんだよ。」
 どこかで聞いた言葉だ。そう、昨日日暮が言っていた言葉。俺が昔いた場所だって、同じようなところだった。だからこそ、転校というものが受け入れがたかったのだが。
「こっちにとって、いなくなったっていうのはリアルなもんだからさ。日暮んときも思ったけど、引っ越してくるってなるとやっぱ疑問に思うんだ。」
「………。」
 そんなこと、初めて聞いたのだから返事のしようがない。たとえ誰かにとってリアルであっても、京太郎は、神隠し、なんてものが素直に飲み込める人間ではない。困ったような京太郎の顔に「おかしな話しちゃったな」と一言入れて、男子生徒は購買へ向かうと言った。
「昼休みあと10分じゃねーか。」
「そろそろ売れ残りのパンが買いやすい時間帯なんだよ。」
「あっそ。」
 そういう考えで昼休みを満喫する人もいるんだな。後ろのほうは特に発言する意味もないので口の中だけで留めておく。そうして、男子生徒の後姿を見送ると。
 入れ違いのように、日暮が帰って来た。
「あれ、京太郎くん疲れてる?」
「別に。」
 京太郎の返事は特に返さずに「質問攻めすごかったもんねー。」と机に向かう。日暮は既に、昼飯を食べ終わった後のようだ。
「京太郎くん、お昼ご飯は?」
「食べない。」
「午後つらいでしょ。昼休みももう5分とか10分とかだし、購買すいてるんじゃない?」
「朝食いすぎたから胸焼けしてんだよ。元々食欲ないほうだし。」
「そっかー。細かいお菓子なら持ってるから、おなか減ったら言ってね。」
「はいはい、ありがとな。」
 好意的な日暮の笑顔に、暇で終わった昼休みが早く終わらないかと机に突っ伏した。
 …そういえば、日暮も転校生、だったか。
「なぁ、日暮。」
「何?」
 授業の準備をしている日暮を呼べば、微かな笑みをもって振り向いてくれた。そんな顔は女子にやれ。
「お前は、神隠し、のこと、知ってんの。」
 先ほどの男子生徒と話したときと同じように、ボリュームを落として日暮にたずねる。時間も残り僅かということで、クラスの人間が少しずつ戻ってきている。大々的に言える話題でないと思えば、やはり忍ぶような仕草になってしまう。
 そんな京太郎の考えに合わせる気などないと言うように、押さえなど欠片も感じられない声を返してきた。
「神隠し、なんて表現はしていないけどね。」
「ボリューム抑えろ。」
「行方不明者のことは知ってるよ、つまらない噂だなぁって思ったんだけどさ。」
「ボリューム抑えろって。」
「実際のところ、警察も足取りが掴めない行方不明ってものを、おかしな噂でカバーしたがってるだけだと思うんだけどさ。」
「………。俺、行方不明者が出るとか出ないとか、全く聞かなかったぞ。」
 声のボリュームについては諦めたらしい京太郎が、頭を抱えたように日暮に聞く。確かに来たばかりではあるが、夏休み中引きこもって過ごすだけだったわけではない。と言ってもお隣さんへのご挨拶やら、スーパーへの買出しやら、程度なわけだが、それでも、こんな田舎にもなると、自然と耳に入ってくること、というものが少なからずあるわけで。それに加えてテレビや張り紙なんかにも全くそんな影はなかったのだ。行方不明者となれば情報収集が必須になる。猫が行方不明になったという張り紙はあって、人が行方不明になったという張り紙はない、というのはいささかおかしなものがあるのではないだろうか。
「あぁ。それは、町のイメージダウンになるから…とかなんとかで隠されてるんだよ。」
「…そんなことがあるか。」
「実際あるんだから仕方ないよね。情報規制ってわけじゃないらしいけどさ、ほら、3人とか4人とか、そのくらいなら別になんとも思わなかっただろうけど、もう20人近くだよ。」
 20人。こんな田舎で考えれば、小学校の一学年レベルの人数だ。
「それをどっかこっかに流してたら、人寄り付かなくなっちゃうでしょ。だから誰も何も言わないの。」
「………。」
「最近では届けも受理されないことがあるくらいらしくてさ。この間も一人行方不明になったらしいんだけどやっぱり公表されず、警察は『全力を尽くして探すので何も言わないでください』で終わり。酷いよねぇー。」
 わざとらしく両の手のひらを上に向けため息をつくと、日暮はそろそろ授業がと机に向かいなおした。なんとも汚い裏事情を聞いてしまったものだ。町のイメージダウンと人の命を天秤にかけるなんて、立場が違っても絶対に考えられないだろう。そんなことを考えながら、日暮と同じく授業の準備をしようと机に手を入れると、筆箱をこぼれ落としてしまった。ため息をつきつつ拾おうとしたところで、はた、と動きを止める。
「何で、何も言われてねーのに日暮は知ってんだ?」
 落としてしまった筆箱を机の上に置きながら、囁くように日暮に尋ねる。人同士の繋がりが強いと言われてしまえばそれまでなのだが、とも思ったが…
「あぁ、僕の父さん警察の人だから。まぁ、偉い人ってわけでもないんだけどさ。」
「へー。自分以上に慎重にならなきゃいけない人間なんていない、ってそういう意味か。」
「別に? 僕は僕、父さんは父さん。父親がどうであれ僕に対して慎重になる理由はないでしょ。」
「意外とフランクな考え方すんだな」
「堅く考えたところで気持ちが休まるわけでもないから。良い選択でしょ?」
 あっさりした答えも笑顔のまま。日暮が浮きはしても孤立はしない、絶妙な立ち位置に留まる理由が、なんとなく分かった気がした。
 二日で人のナリを見極められる程人を見る目があるわけではないのだが、京太郎にとって、日暮のこの発言は好感を持てるものだった。自然に流れた古臭いチャイムを聞き流しながら、シャープペンシルを一つ、筆箱から取り出した。


←前 次→

戻る
inserted by FC2 system