Ghost Apple 31

「あ、」
「京太郎!」
 口から出そうになった叫びは、目から零れ落ちそうになった涙は、透き通る、それでも力強い声に押さえられる。
「ゆう、すけ。」
 ベッド際に立つ、黒髪の男の子。跳ねる奔放そうな髪は、そうだ、自分が、最後に見た、最期の、
「雄介、雄介、雄介!!」
「う、わ、」
 押さえられた声と涙は、少し静かになったかと思えば、溢れるように流れ出る。必死に腕を伸ばそうとして、それでも包帯に巻かれいくらか太くなっている右腕は動かなくて。左腕だけで必死にその体へと近づこうとするが、拒否したのは京太郎の体でもなく、さすれば雄介でもなく。
「違う、雄介じゃない、俺は英介だ!」
 活発そうな瞳を称えた、跳ねる黒髪が目を引く、英介だった。
「………え、すけ。」
「そーだよ、英介だよ。」
 その瞳が映すのは、決して京太郎という人物だけではない。怒り。悲しみ。そんな感情も表していて、すんでのところで英介を責めるような言葉を飲み込んだ。
「なんだよ、覚えてんじゃん。みんな記憶喪失になったとか、なんとか言って…」
「………雄介は?」
「は?」
「雄介は、どうなった。」
 あからさまに眉を顰めた雄介と同じ顔のそいつは、傍らに置かれていた台の上に放置されている新聞紙をこちらに寄越す。特に存在を認知するわけでもなくそこにあった新聞を開いてみれば、一面に。
「修学旅行中のバスが、横転。」
 書かれた文字をつい口に出してしまったのは、ほぼ無意識だ。病室の中で、京太郎の声が大きく響く。実際にはそこまで大きな声ではなかったのだろうが、その場にいた2人の耳には、耳を突き破って心に突き入れられたような文字に聞こえた。
「4人死亡、その他乗っていた32人が重軽傷、」
 それでもって、二人の心を、伸びた爪で掻き毟るような、現実が。

「死亡、した、日暮雄介、」

 そこで、京太郎の声は消え入る。あぁ、しっていたはずなのに。
 あぁ、この目で見たはずなのに。
 事細かに書かれた記事の日付は数日前のもの、修学旅行初日の、次の日だった。すぐに書かれた記事には運転士のミスなどと書かれているが、しっかりと聞いた運転士のブレーキが利かないという叫びはそのまま警察と名乗った男性に通ったはずだ。情報はこうして捻じ曲げられるのかな。どこか冷静な部分でそんなことを考えるが、震えた手で新聞紙を鷲掴みにする京太郎の手は、徐々に自分を抱きこむような形に持って言った。
「ぁ、あ、あ…」
「………京太郎?」
「ゆう、すけ、雄介、雄介……」
 引きつったような京太郎の声に、英介は首をかしげて京太郎へと近寄ってみる。しかし体を抱え込むように俯く京太郎はそんな英介などには目もくれずに謝罪の言葉を繰り返し始めた。
『車内にいた重軽傷含めた人たちは病院へと搬送されたが、一人立ち上がっていたため大きなガラスを体に受けてしまった雄介くんは、ほぼ即死だったという。』
 京太郎の目に入った一文は、彼の心をぼろぼろにしてしまうのに十分な言葉だった。
 何を口走ったか覚えていない。英介とのいくらかの問答のあと、駆けつけた大人に眠らされてから、京太郎はまたも、記憶の激動に飲み込まれていった。



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