Ghost Apple 32

「酷い話ですね。」
「だろ。全部善意からだったんだぜ、あれ。でも全部悪いほうに転がってった。ヒントもなんもなしに、最悪な形で。」
「そうじゃなくて。」
「ならなんだ。」
「別に、京太郎くんは何かをしたわけではないんですよ、そんなの。バカがラムネ食べたがってたまたま散らばってとろうとして立ったらのたれ死んだだけなんですから。」
「一人の命軽すぎだろお前。」
 どうやら空になってしまったらしい缶ジュースで一息ついてから、ため息と共に辛辣な、というか、人に寄れば『人として最低な』言葉を吐く。そんな日暮を見つめれば、少しだけ大切なものが欠けた、寂しそうな笑顔をくれた。
「いいんじゃないですか。優しさが100%誰かの感謝になるわけじゃないでしょう。」
「それでもあまつさえ一人殺して、そいつからぶんどったリュックサックで頭カバーして、大きなガラスはそいつ自身を盾にして、ちょっとのガラスの傷だけで終わった俺はどうなんだ。」
「どう、って。たまたま結果がそうなっただけでしょう。」
 この世に偶然なんてない。あるのは必然だけ。どこかで聞いた言葉を思い返してみるが、それはどうだろうか。たまたま旧友に会いたくなって、たまたま連絡先が見つかって、たまたま相手の予定がなくて、会った。そんな偶然の重なりから廃れたはずの関係がまた戻ってくることがあるかもしれない。でもそれは、なるべくしてなることだったのだろうか?
「何だそれ。」
 日暮の言葉にわけがわからん、とかぶりを振って眉を寄せる。難しそうな話は真っ平御免だ。
「だって、唐突に会いたくなったって、ただの感情でしょう?」
「うん、まぁ。」
「ホントに、何の前触れもなく、あ、いや、昔のアルバムを引っ張り出して、とか切っ掛けがあってもいいかもしれません。それでも、偶然が偶然に重なって2人が会う、っていうところにたどり着くまでには感情っていうファクターが必要なんですよ。」
「???」
 完全に思考の迷路に迷い込んだ京太郎は気にせず、日暮は続ける。
「偶然に偶然が重なって、2人が会うことになった。感情がなければ、そうはならなかったんです。京太郎くんのそれも同じ。病弱な雄介が、偶然体調の良い日で、修学旅行に参加した。偶然近くに松浜さんがいた。偶然トイレで雄介と英介と京太郎くんが出会った。だから英介と雄介は入れ替わりたがった。」
「………。」
「神様がいれば、その偶然は"神様が作り出した必然"になるかもしれません。でも、偶然は偶然なんです。英介のワガママと、雄介の体調が重なった偶然。それがたまたま優しい京太郎くんに関わって、偶然悪い方向に向かっていった。」
「つまり何が言いてーの。」
「感情っていう不確定なファクターがなければ、そうはなりませんでした。」
「俺が善意から立たせようとしたっていう不確定でも原因になった感情がなければ?」
 自嘲気味な京太郎の笑みに、日暮は違う、と頭を振る。
「雄介が初めて出来た友達との恥ずかしい空気をごまかそうとしたっていう不確定でも原因になった感情がなければ、です。」
 それから黙り込む2人。2人して瞳を見つめあうはずなのに恥ずかしさなんて微塵もなくて、逆に心地よさばかりを感じて。それでもふい、と外された日暮の視線に一息つく。



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