Ghost Apple 33

「俺が殺した。おれがころした。」
 ベッドの上でうわ言のように呟く京太郎を、誰も責めやしない。京太郎自身が、自分を責めているから、誰かが責める隙もない。少しだけ安定した状態を取り戻した京太郎は、新聞の一面に書かれた記事を見てから、またも"京太郎"ではなくなっていった。
 虚ろな目で。涙して。誰とも関わらないで。
「ごめん、雄介。ごめんなさい、」
 それでも、その言葉だけはしっかりと、はっきりとしたままで。受け取る人間もいないのに。
 "京太郎"を保とうとする両親や友人達は、必死に京太郎に語りかけた。忘れないで。思い出して。泣かないで。誰のせいでもないよ。そんな言葉は全て責め苦となって京太郎に降り注ぎ、涙を持って返事をする。小学五年生にしては大きかったはずのその体はみるみる内に痩せ細っていき、点滴のみで死の扉から遠ざけていた状態に、両親さえもが匙を投げようとしたとき。
 涙もなく、表情もなく、京太郎は起き上がった。
 ひどくさっぱりした顔で。つい先日までの涙など忘れたように。
 いや、忘れたように、ではなかったか。

 その日から京太郎は、物事を忘れる体になってしまったから。

「誰? あ、誰、ですか。」
「は、どこだ、それ。」
「やったっけ、そんなん。」
 勉強にも。友達にも。
 自分がそれまで過ごした土地も。
 突き放し気味でも愛してくれていた両親さえも。
 頭痛と共に忘れて行く。
 偏頭痛ではない。心因的な記憶障害。辛い記憶を忘れさせようと記憶は前へ前へと戻っていき、忘れたままが楽なんだよと酷く痛む頭痛が警告してくれていた。
 覚えても忘れる。思い出しても忘れる。
 友達との関わりも忘れてしまった。
 母の愛も忘れてしまった。
 父の律しも忘れてしまった。
 どこかで思い出すことがあったかもしれない。
 もしかしたら覚えていることがあるかもしれない。



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