Ghost Apple 36

「きっと僕が死んで、いい気味なんて思ってるんじゃないんですか。僕がいたせいで兄さんはずっと一人だと思い込んでいたから。修学旅行に張り切ってテーブルゲームを用意できるほど友達がいたことなんて頭に入れずに。」
「ふは。」
 拗ねたような雄介の言葉につい出た笑いは二人しか居ない境内にはよく響くように感じられる。木々で作られた密室は広いようで狭いこの空間から現実味を持ち去って行ってしまった。
「何笑ってるんですか。」
「いや、ホントに子供っぽいと思ってさ。」
 ばっと上げられた顔は更に気難しそうな顔になっている。周りが年上だらけだったおかげで遠慮ばかりを覚えてしまっていただけで、雄介は本来とても感性豊かな少年なのだ。
「英介が雄介のこと嫌ってたら、俺が雄介の話持ち出したときあんな不機嫌にはならなかっただろ。」
「僕の事が嫌いだから不機嫌になったんです。」
「ちっがう。雄介殺した罪なんか全部忘れてひょこひょこ顔だしたクソ野郎がいたから不機嫌になったんだ。」
「違いますよ。」
 頑なに意見を変えようとしない雄介に向かって、温かく笑う。英介が出来なかった兄貴面をやろうとしているわけではないのだが、こうも分かりやすいふくれっ面をされてしまうとつい子ども扱いをしてしまう。
「だって英介のやつ、俺のこと人殺しって叫んでぶん殴ったんだから。」
 あっただろ、ほっぺに痣とガーゼはっつけてここに来た日が。そう呟けば雄介は、びっくりしたように体の力を抜いて、目を見開かせた。
 まだ頭の中に残っている。憎悪の目で。
「………この人殺し!!!!!」
 そう叫ぶ日暮英介の姿が。
 あの姿のどこを見れば雄介が嫌いだったと言えるのだろう。もう戻ってこない大切な人に会ったと、寂しがっているとのたまう人間を前にして、どうして冷静でいられると思ったのだろう。
 大切な人を奪った人間を前にして、どうして怒りを爆発させないでいられると考えたのだろう。
「大切?」
「そう、大切。」
「僕が大切なんですか。」
「そうだよ。いつまでも昔と一緒じゃねぇ。」
 いつまでも、病気がちで親を話せなかった弟に子供っぽい羨望を向けているわけではない。悪意があって病気がちな体に生まれてきたわけではない雄介に対して、駄々をこねるばかりで家族と言えるか、兄と言えるか。
 生憎、それに気づく頃には雄介はあの世へと連れ去られてしまっていたのだが。
「お前のことが嫌いだったら、大切じゃなかったら、どうだ?」
「………。」
「俺にふざけるな、なんて叫ぶと思うか?」
「………。」
 またも雄介は俯く。
「俺に、人殺し、なんて叫んで、殴りつけると思うか?」
 無言になってしまった彼に対して、京太郎は笑顔を消さないまま左手をポケットに突っ込む。そこに入っている、鈴の鳴らない青い根付を取り出すために。
「だからこれ、返す。お揃いってことは、親に2人してもらったとか、そういうもんだろ? だったらこれは、お前が持つべきもんだ。」
 花をかたどるように青と白のビーズがまとめられた、根付。揺らしてみるが、やはり鈴は鳴ってくれない。
 "京太郎"が最後に聞いた、あの、綺麗な鈴の音は。
 そんなことを考えていれば、まるでふっきれたように、口角を上げた雄介がくすくすと笑った。



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