Ghost Apple 37

「中で血がくっついたみたいで。」
「げ、血なの。」
「そうですよ。外は出来る限り綺麗にしたんですけど、やっぱり鈴の中までは無理でした。それと、紐の部分も。実はもともと真っ青で綺麗な色の紐だったんです。今はもう、真っ黒なんですけどね。」
「へぇ。見たかったなぁ。」
「………でも。」
 一呼吸置いて、また俯く。そんなに俯いてばかりだと、首が疲れるぞ。
「でも、やっぱり根付は京太郎くんにあげます。」
「なんで?」
「僕があげるって言ったんです。」
「いやだよ。お前が持っとくべきもんだ。」
「僕もやです。」
 やです、なんて子供っぽい発音だけが妙に浮いていて、なんだか笑いがこみ上げてくる。それでもやっぱり、と意地を張るように、左手に釣られて揺れる根付を雄介のほうへと差し出した。
「お前の命踏み台にしていたって平気で生き残った俺が、お前の最期の物まで奪ったら、もう立つ瀬がねぇよ。」
「平気じゃない!」
 緑に閉ざされた空間を揺らした雄介の声は、まるで遠くまで響くようで。それと同じくして、逆に全ての振動を京太郎にぶつけているようで。なんだか不思議な感覚にそろそろなのかな、と頭の冷静な部分で考えて、びくりとしてしまった体を正そうとした。
「…平気なんかじゃないでしょう。君の右腕、動かないんじゃないですか。」
 かけられた言葉に笑顔を消して、少しだけ眉を上げる。
「っ…。動かなくはねえよ。リハビリでいくらか治ったもんだ。」
「本当ですか。」
「本当。まぁ、元々利き手が右だったし、つい出る手が動かしづらくて生活で困ったことはあったけど。」
 取り出した右手をぐ、ぱ、と開閉してみる。引っ越してからも幾度かあった、物を上手く受け取れない癖。雄介にこの根付をもらったときだって、そうだった。
 雄介の体でも、英介の荷物でも庇うことができなかった右腕は、特に人差し指と中指は、事故直後は自分の意思で動かすことが全く叶わなかった。思い出すたびにリハビリを繰り返していたため、時間の経った今では痛みもなく動かせるが、咄嗟の対応には遅れてしまう。引っ越してからも頭痛と忘却が襲ってきたのはこの指のせいもあるだろう。勿論、第一の原因は目の前にいる雄介と、そして学校にいる英介なのだろうが。
「………でも、後遺症は残ってます。」
「こんな少しの痕が残ったくらいの怪我で、お前の最期の物奪えってか。」
「…少しじゃないです。」
「少しだよ。お前の命と天秤にかけたら、ないも同然。」
「そんなことない、」
「ある。」
 単純な命だけじゃない。もし雄介が助かって、それから何年もかけて病気が治って、外で走り回ることのできる体になれたら。そしたら。
 ………そんな未来があったなら。
「俺がお前を庇えればよかったな。そしたら俺は、一生お前の王子様だった。」
 命を救った王子様だった。外の世界と繋ぐことのできるたった一人の恩人だった。一生、彼のヒーローだった。俺の生死はどうであれ。



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