Ghost Apple 38

「………そんなこと言わないでください。」
「そうだな。これは命踏みにじられたお前に対して失礼にも程があるか。」
「そういうんじゃなくて、」
 尚も何かを訴えかけようとしてくる雄介は、京太郎の瞳に何かを感じたのか黙り込む。まだ庇う。まだ京太郎を責めない。何を、言いたいんだろう。
「………僕を責めてくれればいいのに。」
 重た苦しく口を開いた雄介の言葉は、京太郎を少しだけ動揺させる。
「右腕も記憶も僕のせいだって責めてくれれば、僕は。」
「無理。」
 徐々に震え始めた声。そんな声を出す人間を恨めと、責めろと。そんなの。
「俺には無理だ。お前の命で7年も生き繋いだ俺は、何されたって、どんなことがあったって、お前を責めたりしねぇよ。責められねぇよ。」
 はは。人間じゃなくなった雄介の言葉は波のある感情で揺れに揺れてしまっているはずなのに、対する京太郎の声は驚くほど空虚で薄っぺらで平坦。これじゃどっちが死人かわかりやしない。
「責めて、」
「無理だって。命と右腕天秤にかけて、お前を責めて、遺品奪うことはできねぇよ。」
「…ぅ。」
 とうとう涙をその目尻に浮かべ始めた雄介は、それを隠すように袖で抑えようとする。今のようにどこかで見た女子のような仕草だって、控えめな性格が現れたものだ。
「……ごめんなさい、ごめんなさい京太郎くん。」
 顔を隠した雄介は、とにかくそんな言葉を繰り返した。京太郎が、雄介に向かって言い続けた言葉を。
「僕だって、無理です。兄さんが僕を嫌いじゃなくったって、あのことに後悔してたって、僕は。」
 無理ですよ。
「無理に決まってるでしょう。どうしたら僕は外で遊びまわれたんですか。どうしたら僕は同年代の友達と、気兼ねなく話すことができたんですか。」
「………うん。」
「仕方のないことだってわかってます。兄さんのいいなって言葉も、仕方のないことだと思います。」
「そうだな。」
「でも、だから、なんだって言うんですか。どうすればいいんですか。外で遊びまわって、気兼ねなく同い年の友達と話せて、僕がいなくなったら存分に両親と触れ合える兄さんを、羨ましがるなって言うのは、僕には無理です。」
「………そうだな。」
 おざなりのように返事をする。そんな京太郎の返事は雄介の耳に入っているのか、いないのか。それはわからないが、雄介の言葉はもう止まらない。
「何で僕ばっかりこんな目に遭うんですか。僕、何か悪いことしたんですか。ずっとベッドに縛り付けられて、白い四角い部屋だけが自分の場所で、たまにしか外に出れなくて。」
「うん。」
「そのたまにの最後が、楽しみの最後が、京太郎くんとバスで話しただけって、何なんですか。」
 なんなんですか。細く針金のようにぴんとした、それでもって頼りない声が、雄介の喉から聞こえてくる。
「責めてくれればよかったのに。」
「俺がか。」
「君が、僕を、責めてくれればよかったのに。」
「なんで。どうして。」
 偏頭痛は来ない。
「そしたら、同じようなもんだって、君を呪っても、許されたと思うんです。」



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