Ghost Apple 41

 ぶつぶつと途切れていく記憶のせいで2週間も経ってないように思えるが、もう1ヶ月ほど前になるのか。学校にきはじめてから二日目、転校生を知りたがる人間からの質問攻めが終わった後、男子生徒と日暮英介から聞かされた話。
 町で噂の神隠し。

 5、6年ほど前。
 20人目か、そのつぎくらい。

 自分達のバス横転事故は6、7年前と言ったところか。そして20とピタリと一致する数字。
 7年前にガラスにまみれて死んだはずなのに、目の前に存在する日暮雄介。

 もし俺の勘違いだったら嬉しいけれど、多分、俺の予感はぴったりと当たってくれるだろう。

 でも、言わない。勘違いだったら嬉しいから、わざわざ聞かない。まだ見つけていない絶望の道を、自分の手で切り開くほど俺に残された時間と労力があるわけではないし、そこまで自虐的でもないから。






「寂しいんだな、雄介は。」
 言えない、と言った。彼は言えないと。逸らすように会話を変えられてしまったから、寂しいのか、寂しくないのか、聞けずじまいで終わったけれど。
「寂しいんだ。」
「………。」
 まるで叱られるのを待っているような、大げさに言えば仰々しい罰を待つ罪人のような顔で俺の顔を覗き見る。
「まぁ、寂しくないわけないか。こんな薄気味悪い神社の中で一人過ごすだけなんて。」
 通信制の学校がどうとか、両親の知り合いに頼まれただとか、きっと全部口からでまかせの言葉だったんだろう。それでも、思う感情はとても似通っているもののはず。
 友達と関わることができず、一人、神社で過ごすだけ。
「挙句半身みたいに同じく生まれた双子の兄貴は友達とへらへら笑って、惨めにならないわけがない。」
 しかしとても残念なことに、俺には雄介を叱る資格などない。罰を与える立場ではない。
「………そうですね。」
「寂しい。」
「はい。寂しいです。寂しかったんです。」
 僕が考えたのはそれだけ。虚ろな言葉は、その瞳が写すのは、さっき俺が避けた『絶望』の文字と同じようなものなんだろう。
「寂しくないわけないじゃないですか。なんで僕は誰かと関われる事柄にことごとく避けられるんでしょう。」
「はは、確かに。」
 俺の空笑いにどう思ったのか、雄介は少しだけ不愉快そうな顔を見せる。でもそんなことをしていい場所ではないと思ったのか、歪んでしまっているであろう顔をまたも俯かせてしまった。
「君、は。」
「ん?」
「京太郎くんは。」
「うん、何。」
「寂しかったですか、学校生活。」
「………。」
 寂しかっただろうか、自分の学校生活は。問われ、思い返してみる。
 突然親に突き放されて、一人暮らしをすることになって。家のことは自分でできてしまったから、そういう意味での不満はそんなに出てはこなかった。それでも、形だけでも親と離れてしまうことに寂しさを感じなかったわけではない。むしろとても心に来た。本当に突然、捨てられたような感覚にも陥った。やることは大して変わらないか、そう考えれば少しは楽になったけれど。
 そんな家庭の事情で飛ばされた土地では、17年間築いてきた自分の記憶と人間をリセットするかのように新しい人間関係が待ち構えていた、と本気で思った。実際に目の前にいる日暮英介とは握手なんて面白味もなく、かといって現実味もない始まり方で新しい関係を創りあげていくことになって。同じクラスのやつらとも、英介から広がるように少しずつ話すようになって。
 あぁ。確かに親に突き放されてしまったかもしれないけれど、相変わらず人との関わりはどこかにあった。寂しかったかもしれないけれど、埋めてくれる人はきちんと自分を認識してくれた。

 目の前にいる、親にしか認識されてもらえなかったような人生が終われば、誰にも認識されない時間の浪費が待ち受けていた雄介と違って。



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