Ghost Apple 43

「どうせ行方不明んなるなら少し話そうか。」
「何をですか。」
「何でもいいよ。お前が話してくれることならなんでもいいし、話して欲しいことがあるなら言って欲しい。」
「それでいいんですか。」
「いいよ。それでいい。」
 背もたれを探すように後ろへと体重をかけてみるが、迎えてくれたのは柔らかなクッションではなく硬い階段の角だった。普段滅多に人を通さない階段は、当たり前だが座るようには作られていない。
「………京太郎くんって、もしかしてバカですか。」
「うっせぇ。勉強はできねぇよ。」
「そうじゃなくて。」
 悲しそうな顔をして、黙り込む。何を考えているかは知らないが、そんな顔せず思ったことを口に出せばいいのに。
「そうじゃなくて、逃げていいんですよ。得体の知れない存在だって唾ふっかけて、僕から逃げようとしていいんですよ。」
「得体の知れない存在って。お前は雄介なんだろ。日暮雄介。それでいいじゃん。」
 俺の返答に、苦虫を噛み潰したような顔で首を横に振る。わけがわからない、そう言いたいのか。
 でも本心。たとえどんな存在でも、俺と雄介は再会できた。それが嬉しい。それで、終わりたい。
 冷たい自分の人差し指を雄介の頬に持って行き、ふに、と弾力を楽しんでみる。全く変わらない位表情にやるべきじゃなかったなと思い、自他共に認める程々以上の長さを誇る指はポケットへとしまった。
「なぁ、雄介がここにいて、何回か俺と会って話して、っていうのが嘘じゃなかったら、雄介は幽霊になんのか?」
「………。」
 黙りこむ。唇をきゅっと結んだ雄介の表情の作り方は、やはりどこか子供っぽさを感じる。見た目は兄の英介と全く変わらないのに。
 答えるべきと思ったのか、それとも他に言える言葉がなかったのか。意味もなく目をこすった雄介は、重苦しい口を開いてくれた。
「それは、わかりません。でも、死んだ後でも誰かと関わろうとする意識があるのが幽霊っていうなら、それは幽霊っていうんじゃないですか。」
「んあ?」
 分かりづらいですか。7つも年下なるはずの雄介から、大人びた言葉が突き刺さる。これじゃあ本当に、わんぱく坊主な兄としっかりものの弟の図だ。
「誰だって、生まれてすぐに自分は人間だって言い張らないし、臓器を全部言えたりはしないでしょう。誰かに教えてもらわない限りは。」
「うん。」
「それと同じです。ただ僕はここにいる。生まれたかどうかなんて知らないし、僕がどういう存在かも知らない。」
 ただ無人神社に閉じ込められて、人が来るのを待つ。それに名前がついているかどうかはわからないけれど、もし死後も誰かと関わろうとする存在を幽霊と呼ぶなら、雄介も幽霊になる。つまりはそう言いたいらしい。回りくどい言い方をしたあたり、幽霊と言われるのがすきじゃないんだろう。
「いつから?」
「………よく、わかりません。ずっと昔からいたような気がするし、つい最近のような気もするし。」
「ほんとにふわふわなんだ。」
「はい。」
 物々しく呟く声は、断罪を待つ愚かな大人。
 答えてくれるその言葉は、途方に暮れた純粋な子供。
 親と離れるのに寂しがる俺は、ただ雄介を見守りたい俺は、その言葉を穏やかに受け止め、返してやらなきゃならない。
「じゃあ、いつから人と話してる?」
「…それも、よくわからないんです。」
「ないないばっかだな。」
 するりと出た軽口に少しだけ後悔する。予想通り、雄介は泣きそうな顔をしてしまった。自己を形成しきれていないばかりに、形成しつつある自分に疑問を持つ子供。ほら、こんな表情がすごく子供っぽい。



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