Ghost Apple another3

「…記憶喪失が嘘だった、とかは。」
「記憶喪失がブラフで、雄介が死んでしまうきっかけを提案した僕に嫌がらせをしてたってこと? 一応京太郎くんとは幼馴染になる僕が、わからないと思う?」
「………人は変わるぞ。」
「変わってなかったよ、びっくりするほどに。それはもう、事故が起こる前かなって錯覚するくらい。」
 それなりに体は成長してたけど。一言加えれば、またも父は黙り込んでしまう。
「変わってなかった。相変わらず背が高くて目つき悪くて前髪長くて。態度は見た目通りにつっけんどんしてて。でも面倒見いいとこもあって。相変わらず、親御さんからは見放されてて。」
「…!」
「酷いもんだよ、記憶喪失の息子放り出して一人暮らしさせてるんだから。何考えてるかは知らないけどさ。」
 はぁ、とため息をつけば、居心地悪そうな顔をされてしまった。あぁ、そうか。
「その点で言えば、僕の母さんもそう変わらないか。」
「…違う。」
「知ってるよ。雄介がいなくなって傷ついたからああなったんでしょ、母さんは。」
 何度だって言われて、頭にこびりついた言葉を返すように言い放つ。
「だから何年経ったって僕に『まだ生きてるの』なんて言うんでしょ、あの人は。」
「…英介。」
「あぁ、ごめん。こんなこと言うつもりじゃなかったんだけど。」
 どうしても言いたくなっちゃうな。手を根付で遊ばせながら、にこにこと笑ってみる。きっと僕は最悪な人間なんだろうし、対する父さんは怒っているんだろう。もう、僕に怒りをぶつけてきたりはしないんだろうけど。
 雄介が死んでから、僕達一家は崩れ去っていった。雄介に向かって「いいな」なんて言ったりしたけど、その時僕が羨んだあの家庭はもう、存在しない。
 母さんは僕が嫌いになってしまったみたいだ。おこぼれでも手作りの根付を渡してくれるくらいにはあっただろう愛は、気が付けば消え去って早く死ねなんて呪いをかけてくる人になった。見た目はどこか綺麗な人だから、魔女だなんて形容はできないけれど。
 10年も生かすために必死だった息子を殺されたなら、そうなったって仕方ない。
 僕はそう思っていたけれど、父さんはそうは捉えなかったみたいだ。ごめんな、なんて欲しくもない言葉をもらいながら、警官である父の転勤にあわせて離婚し、僕は父についていった。
 きっとあの人は、まだ僕を恨んでいるんだろう。
「まあそんなどうでもいいことは置いとこうか。とにかく、京太郎くんはあの青い根付を持ち出してきた。ストラップ気分にケータイにつけたりしてね。」
「………。」
「あの根付って、事故のときになくなったとか言ってたよね?」
「…あぁ。見つからなくて、焼かれてしまったのだろう、と。」
「そのとき京太郎くんが持ってた、とかならケータイにつけてくる意味がわからないし、知らなくてたまたま出て来たからって言われても、あんなの『よさそうだったから』でつけるようなものじゃないでしょ。」
「…そうだな。」
「それに雄介にもらったって言ってたわけで。」
「………真意を聞きたかったな、京太郎くんに。」
「もう叶わないけどね、なんてったって警察が放置しちゃった"神隠し"に遭っちゃったんだから。」
「…辛辣だな。」
「思ったことを言っただけだよ。」
 こと、と、手で遊んでいた根付をテーブルに置いてみる。対象になる青い根付もきっと、京太郎くんと一緒にいなくなってしまったんだろう。
「ごめん、まぁ、言いたかったことはそれだけ。」
「…これだけ、って。」
「クラスメイトが行方不明になったのと、そのクラスメイトが雄介に渡されたって根付持ってたよってことだけ。」
「…そうか。」
「うん。行方不明事件の手がかりになればいいね、意味はないかもしれないけど。」
「…そうだな。」
 根付をひょいと取り上げ、ポケットに突っ込む。何年経ったって劣化してない鈴の音色を煩わしく思いながら、立ち上がった。部屋に戻るために。



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