Ghost Apple エピローグ1

「内海、京太郎です。」
 息が詰まるとは、こういうことか。

 日暮英介の知る内海京太郎とは、17年間紡いだ人生の内、古い関係なほうの人間だ。
 数年前に住んでいた土地、輝北。あまりにも小規模な学校が点在しているために、ほとんどの行事を市立小連動で行うという本当の意味で『合併寸前』な小学校。彼との付き合いはその小学校に通っていた頃からになる。…もっとも、引っ越してからは疎遠もいいところであったが。
 同じ学校では無いにしろ、ほとんどの行事を同じくして行っていただけあり、特別とまでは行かないがそれなりに話していた間柄だった。わんぱく坊主な自分を中心として、周りは「やれやれ」とでも言いたげに引っ張られてくれる。我が侭ばかりだった自分の中で、彼、内海京太郎はその引っ張られてくれる人間の内の1人だった。引っ越してからは引っ張る引っ張らないの関係ではなくなったため、今となっては過去のこと、と自分の中で一区切りつけていた。

 小学生にして先生たちとさほど変わらない背丈、にも関わらずやせ細った体。何も考えていなくても人を睨んでいるように見えるあまりよろしくない目つき。人を拒絶するように長く伸ばされた前髪。
 あの頃から何も変わっていない。


 転校生が来るというのは聞いていた。人と人との関わりが強い田舎町であったから、先生から友達を伝い、夏休み中でも自然と情報は入ってくる。
 だからって、彼だなんて誰が予想しただろうか。
 黒板にでかでかと書かれた文字をなぞるだけの声に、クラスのみんなは興味を募らせて京太郎に感情を向ける。それでも自分はただ一人、違う感情で京太郎に視線を送っていた。呆然とするように。衝撃を受けるように。

 酷なもんだ。こんなことって、本当に…。そんなことばかり考えていたけれど、違和感はすぐにやってきた。

 彼は、自分のことを欠片としても覚えていなかった。

 ご挨拶に睨んでみても、まるで気づいていないかのようにスルーされる。一転して好意的に話しかけてみれば、極普通に返事が返ってきた。







 彼との最後の会話はよく覚えている。
 弟が事故で死んだとき。隣に座っていたはずの彼に、一度会おうと。重症でも生きているなら。話せるなら、あいつの最後をと。そう思って顔を出したはずなのに、京太郎から突き刺さった言葉はかくも辛辣な、当時の自分を乱すだけのものだった。
 白い部屋で。頭と、右手と、体と、とにかく白い帯でぐるぐるに巻かれた体を震わせながら、京太郎は。
「…お前のせいだ。」
「………京太郎?」
「お前が雄介を殺した!」
 お前が殺した。俺が、お前が。お前が我が侭言わなければ、せめてあいつは死ななかったのに。お前が、代わりたいなんて言わなければ。
 後から聞いた話だと、あのことに関して誰かを責めようとしたのはその時自分に向けられた言葉が最初で最後だったらしいけれど。
「松浜がどうとか知るかよ! お前があのとき何も言わずに、バスに、乗ってれば、雄介は、」
「…んだよそれ、俺に死ねってことか!」
「そうじゃない! でも、少なくとも、あいつは死ななかった!! お前の代わりに死ぬことはなかっただろ!? 好きな子だかなんだかしらねーけど、そんなくだらないもので雄介は死んだんだぞ!! 死んだんだぞ!? もう二度と、話すことも会うこともないんだ!!!」
 逆上した当時の自分は、無我夢中で必死に掴みかかって何かを叫んでいた。あいつの最期は酷い状態だったと聞かされていた分、生きている京太郎に対して少しでも問い詰めたい気持ちはあったから。隣にいた雄介がああなって、どうして、京太郎は。そんな気持ちで心を埋め尽くした状態であったためか、京太郎のそんな言葉に真っ向から反発して、京太郎の状態も関係なしに掴みかかり言い合っていた。
 人殺し、お前のほうだって、そんな『言ってはならない言葉』をたくさんぶつけて。
 その時は、現れた大人達に抑えられてしまって。それからは、思わしくない状態が続く京太郎のおかげで会うこともままならず、その内に自分達は引っ越すことになってしまった。それから、関わることはなくなってしまったけれど。



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